桶狭間の戦いには諸説あります。豊明市と名古屋市にある桶狭間古戦場跡を散歩してきた。

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桶狭間の戦いとは、永禄3年5月19日(1560年6月12日)に行われた合戦。

2万5千といわれる大軍を率いて尾張に侵攻した駿河の戦国大名である今川義元・今川氏真親子に対し、尾張の大名・織田信長が少数の軍勢で本陣を強襲し、今川義元を討ち取って今川軍を退却させた、日本三大奇襲(日本三大夜戦)に数えられる日本の歴史的に有名な戦いである。

<wikipediaより引用>

という感じで、有名な戦だったらしいですよ(雑
その古戦場は現代だと豊明市と名古屋市付近らしく、公園とかあるらしいので散歩がてら見てきました。

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という訳で、やって来たのは愛知県豊明市の中京競馬場前駅です。

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近年の歴史ブームによる影響か、駅にも目立つ場所に桶狭間古戦場の案内がありますね!
厨房機材のホシザキの方が目立ってますが、そこは気にしない。

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「桶狭間古戦場」および「桶狭間の戦い」について、殆ど事前知識が無かったのですが
どうやら桶狭間古戦場は中京競馬場前の駅すぐ近くあるらしい。

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特に迷うこともなく駅前から歩いて到着しました。
古戦場という名前には似つかない雰囲気で、公園というよりは庭園のように整備された場所?

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この手の施設には欠かせない案内表示。ここで今川軍と織田軍の合戦が行われた訳か・・・
桶狭間がどのような戦いであったのか、案内の文章から読み解きます。

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すぐ正面に高徳院というお寺がありました。

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ここに「今川義元公本陣跡」と書かれた石碑が置いてありました。
へぇ。ここで今川義元公が奇襲を受けたのね

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・・・と、さらっと豊明市の桶狭間古戦場を紹介しましたが
地図を見ると、別の場所にも「桶狭間古戦場」と名の付いた場所があるようだ。

歩いて行ける範囲なので、住宅地を名古屋市の方へ向けて歩きます。

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見た目で全然分かりませんが、ここの交差点あたりが市境。
右奥の家の右半分が豊明市、左側が名古屋市という感じ。

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市境はマンホールの蓋とか見ると分かりやすいですね。
豊明市は古戦場を意識したようなデザイン?

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名古屋市のほうはアメンボの描かれた市内共通デザイン。

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地名も書いてありますね。
「名古屋市緑区桶狭間」だそうです・・・。あれ?桶狭間?

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到着したのは、よくある住宅地の公園ですが・・・。

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こちらも「桶狭間古戦場」と名の付いた施設。その名も「桶狭間古戦場公園」

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ここで今川軍が織田軍の奇襲を受けた訳か・・・。

あれ、さっき同じようなもの中京競馬場前で見たよ?

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400年以上前の話だし、当時は地形くらいしか目印となるモノもないし
今川軍25,000の戦力と織田軍3,000の戦力が合戦したとならば、当然、戦場となった範囲は広い。

その古戦場の伝承が、行政を跨いで現代のようになってしまったのね・・・。

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ちなみに、8/5-6に開催された「ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 2nd LoveLive! HAPPY PARTY TRAIN TOUR」
名古屋公演の幕間で登場した桶狭間のネタは、どうもこちらのようですね。今川義元公の像があったし。

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さすが名古屋市だから公園も立派なー、と思ったらJRAマネーが絡んでた

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名古屋市側にも今川義元公の本陣跡が残っているらしい。
公園からちょっと離れているみたいですが、見に行ってみましょう。

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住宅地のちょっと丘になっている坂道を少し進むと・・・

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ありました、今川義元公本陣跡の石碑です。
平成21年って、長い歴史のなかではかなり近年に設置されたモノっぽいですが・・・

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住宅前に間借りしたような本陣跡だし!!

調べたら家賃7万7千円の賃貸住宅のようです。歴史好きにはたまらない物件かもしれませんね

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振り返ると、小高くなっている本陣跡。

どちらが本当の本陣跡なのか。歴史には「諸説」ありますからね。

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という訳で桶狭間古戦場でした。
名古屋市側は高速バス1系統の幕山バス停が近いので、栄や上前津から1本でアクセス可能やで!!

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